2005年09月16日

ZAKZAK、グッジョブ!

 すみません。ネタを見つけた途端に「おおお!」と思って、即記事に書いています。

ナゼ読めない…「アマゾン」で1年超も品切れの本
米が日本に提出する「年次要望書」の存在を暴く
http://www.zakzak.co.jp/top/2005_09/t2005091623.html

 マスメディアでこのネタがこんなに堂々と取り上げられているのは初めて見ます!
 それとも、どこかあったでしょうか?

 ZAKZAKさん、評価します!
 権力に、圧力に負けないで頑張って下さい!!!

 
 …でも、ZAKZAKのこの大胆さにちょっと驚きます…何も裏がないといいけどな?(極度のマスコミ不信に陥っているものですから)



追記(2005/9/18)
 因みに、選挙前に、この「拒否できない日本」がアマゾンで買えない、中古で3500円だか(定価が税込み735円なのに)で売られている、というのを、ブログの情報で私は見ていたんです。(にしても随分私はネットで情報を集めているものですね。)
 アマゾンに行ってみると、なるほどそうでした。

 現在(9/18 21:00)どうなっているのかというと、新品が買えるようになってるんですね。定価の値段なのに、なんでかロープライス!って書かれてるんですけど。
 で、中古はというと、\1,280〜3,350。
 いやはや、ほんとに摩訶不思議なことが多い世の中で困ります…。
posted by 野良狸 at 20:40| Comment(6) | TrackBack(11) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月15日

情報解析・事象解析

 阿修羅というサイトのトップページの一番最初に、今、こういった言葉が掲げられています。

情報解析
・その情報が 誰によって 流されているか?
・その情報が なぜ今 流されているか?

事象解析
・その事象で だれが利益を得るか ?
 歴史上、その事象の時何があったか


 私がマスコミ報道を聞いて、その情報をどう判断するかというと、私の今の頭の中でよく働くものが、この中の
 「その事象で だれが利益を得るか ?」
 「その情報が なぜ今 流されているか?」
この二つなような気がします。

 本来、私はマスコミ報道を疑う人ではありませんでした。素直にそのまま聞いているような人でした。
 でも近年、そんな私なのに、なんかすごく変だ、と思えてしょうがないマスコミになってきてしまった。明らかにおかしいとしか思えなくなった。

 でも、解散総選挙の選挙戦中、マスメディアがまさかここまで政権与党寄りになってしまうとは、夢にも思いませんでした。
 お陰様で毎日ボロボロに疲れました。

 ジャーナリズムが政権与党を批判しなくなってしまったら、政府から受け取った情報を垂れ流すだけのような機関になってしまったら、そんなのもうジャーナリズムでもなんでもない、そんなマスコミ報道、いらない。
 
 私はマスコミバッシングをしたい訳ではないのですが、えらい世の中だとつくづく思います。マスメディアが正常に機能できていない。
 昨日の『へこたれてまへんえ』の中で書いたように、自分の中で努力はするけれど(選挙期間中、怪しむあまりに根拠のない話を私がたくさん主張していた部分は反省しているにしても)、今後、一体日本の社会がどう進んでいくのか、そして、黙って見ていていいものなのか、そんなような思いが募ります。

(2005/9/16加筆)
posted by 野良狸 at 21:57| Comment(2) | TrackBack(5) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月07日

マスコミバッシングに対する私の考え

 以前もこんな文章を書きましたけど。
 
 朝日新聞のねつ造記事に関することで、 虚偽情報の話は省略するとして、

・社内調査に対し、記者は「知事からこれぐらい聞けるんだというのを総局長に見せたかったのかもしれない。あとから考えれば功名心だったかもしれない」などと話している。

…ということから、私の思うこと。


 後で嘘だって発覚すること、解りますよね。どんな阿呆でも。
 後で嘘だった、ってばれた時、自分がどうなるか、自分の会社がどういうことになるか、そんなこと、解りますよね。

 例えば、たかが一一般人の私だって、ブログに載せる事柄の信憑性には、結構気を遣って書きます。あいまいな記憶の時にはあいまいだとことわったりだとか。そりゃあ、プロのジャーナリスト精神とは比べ物にもならないものでしょうが、アマチュアでも、一応の、なんていうんだ、倫理観とか、そういう意識を持って、やっているつもりです。
 それが、なんでプロである記者が、後でばれるに決まっていることを、何のためにしでかしたのか。自分の首が飛ぶのは当然なのに。
 功名心?ほんとにそうだろうか?

 この事件の真相を私は知らない。本当に功名心だったのかもしれない。
 でも、この事件を喜ぶ人たちがいるんじゃないか、ってことを、私は考えてしまうんです。仕組まれていないかと。

 

 マスコミバッシングは私も思わずしてしまいますが、日々、その気持ちは冷めていってます。
 どうにもこうにもおかしいのは、もう十分わかった。
 じゃあ、おかしくしている大元は、一体何なんだ?
 マスコミだけ叩いて、大元のことは誰も何も考えないのであったら、問題は何にも解消されないでしょう。

 冷めた目で見るのが一番じゃないかと、思えてしょうがないです。
 それと、日本って国はバッシング大国だなぁ、と日々思い出しています。
 
 バッシングしていることの裏側に、見えていないものがあることが多いのではないでしょうか。



過去記事
マスコミ界のタブー?「年次・改革要望書」
マスコミは何処まで地に墜ちたのだろう
マスコミが口を揃えて「政権選択の選挙」と言い出した?
NHK叩き、朝日叩きから思うもの
現代の日本の政治を思う「2003年、衆議院選挙前のマスコミ報道」
posted by 野良狸 at 21:26| Comment(6) | TrackBack(4) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月31日

NHK叩き、朝日叩きから思うもの

 いつから始まったんでしたっけ。NHK叩き。
 そりゃあ悪事は許せることじゃない。「天下のNHKが、何てことをしてくれてんのよ。」という思いは私もしました。

 でも、延々と続いたNHKバッシング。受信料拒否の話題。延々と。これでもかこれでもかと。

 国民のNHKへの批判の強さよりも私が勘で感じたもの、想像してしまうものは、
「やり方いかんによって、いくらでもこうしてお前たちに不利なように働きかけてやるぞ。」と思わせるような、目には見えない力のようなものです。
  
 朝日新聞の話題もそうです。
 NHK問題の記事に関して、朝日の記者が書いたことへの批判や、発言内容を録音したかしないのか、そういう点を批判することに世の中が集中しているかに見えますが、「政治家がNHKに対して何らかの圧力をかけたのか、かけていないのか」という肝心な点に関しては、まるで論点がぼやけてしまったかのようです。
  
 結局、世論を作り上げるのはマスコミという媒体に委ねられてしまうのだなぁ、と思います。
 
 大変な世の中になってきました。大変な世の中を生きているらしいと思います。
 
 でも、マスコミ、全部腐ってはいません。
 文章の中に、記事の中に、情報の中に、精一杯の主張を垣間見たりします。伝わっています。
 
 
 この先の日本、どんな風に変化していくのでしょうか。
 何故か今の私は悲観的にならずにいます。何なんでしょうか。
 人間の力を信じようと、信じたいと思っているのかもしれません。
 そして、自分の中で強まっていく思い。意志。
 そういうエネルギーが湧いてきているらしいです。

 日々、主張したいことがてんこもり状態で、何から書こうか迷うことが多いです。
posted by 野良狸 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月20日

日本が右傾化する先にあるもの C私の思う、マスコミ報道の気持ち悪さ

 近隣諸国との関係が緊迫すればする程、日本国内のナショナリズムも煽られる。
 例えば、北朝鮮という国を脅威的だと報道する。
 そうでなかったら、何ということもなかった程度の、北朝鮮からミサイルが発射された、というようなアメリカからもたらされた情報を、何で臨時ニュースでテロップで報道しなくてはならないんだろう?(報道があった日の思いを『気持ち悪い世の中』に少し書いています。)
 何故にアメリカはそのような情報をわざわざと日本に流したのだろう?
 あの報道に、報道しなければならない必要性が、何かあっただろうか?

 それ以前から、「この報道は何のために?何の必要性があって?」という、私にとっては何か引っかかるような報道が多い。
 例えば吉野家が臨時的に牛丼を販売した日の報道ぶりだってそうだ。
 吉野家ファンが押しかけることは理解できなくもないが、トップニュースになる必然性があるとは思えない。理解ができない。
 普通に吉野家が牛丼を販売できていた頃、吉野家は、安く売ってみたり、サービス券のようなものを発行したり、あの手この手と苦労して営業していたことをよく知っている。
 それが、販売中止になったからといって、その間の臨時販売だからといって、多少のフィーバーが起こっても、何もニュースのトップ近くに持ってくるような必要性があるとは理解ができない。よほど他にニュースがなかったにせよ。

 吉野家の話と右傾化の話は関係ないけれど、マスコミ報道の気持ちの悪さとして私の中で引っかかっているものとして挙げてみた。

 これらを何か陰謀めいたものとして考えることは、私の行き過ぎた行為なのだろうか?
 何かと断定している訳ではないけれど、私に何か解らない気持ち悪さを残し続けているということは事実だ。



頂いたTB
世に倦む日日さん
北朝鮮問題考(3) − 経済制裁プロパガンダに倦む師走
この話を始めるとスパムコメント対策が憂鬱になるが、最近のテレビは北朝鮮への経済制裁をあまりに過剰に煽り過ぎている。特にNHKの報道がひどい。7時のニュースは冒頭から横田夫妻が登場して、放送時間の半分をこの話題で埋めている。横田早起江のワンマン演説番組だ。…

戦前と戦中の間 − 北朝鮮拉致問題は現代の満州事変である
今から七年以上前の話だが、TBS『ニュース23』の佐古忠彦キャスターが、筑紫哲也との合いの手の中で「今はもう戦後ではなくて戦前じゃないかという声もありますね」と小さく漏らしたことがある。この十年ほど佐古君は私のお気に入りで、大袈裟に言えば希望そのものだが…



元記事(ライブドアで書いたもの)
http://blog.livedoor.jp/rcdog21/archives/28541346.html
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2005年07月18日

日本が右傾化する先にあるもの B憲法改正への動き

 日本が右傾化していった先にあるもの。
 それは私が考えているのは、憲法改正、このことだ。

 戦後押し付けられた憲法であり、日本が作った憲法ではない、だから、という理由で改正案、創案等、出てくるということを、否定しようとは思わない。その理屈は理解できる。
 でも、現在の日本の外交のやり方、国際状況を見ていて、その理屈として憲法を改正しようとしているとは全然思えない。
 小泉首相のやってきたことを見ていて、日本という国が確固たるアイデンティティを持って、憲法を変えたいと思っているのだとは、これっぽっちも思えないのだ。

 中国・韓国が反日感情をあらわにしている時に、「日本は戦後60年、平和国家として歩んで来た。それを評価して欲しい。」と政治家が発言しているけれども、それこそ今の憲法がたまたま守られてきたからというだけのこと。
憲法がどこかで変えられることになっていたら、日本は平和国家としての歩みを続けることはできなかっただろうと思う。
 憲法改正を目論み、今にも国際貢献という名の軍事力を行使しようと思われてならない素振りを十分にみなぎらせておきながら、「戦後60年、平和国家として…」などという、心の中で舌でも出しているようなセリフを方便として使わないで欲しいと思う。平和国家であり続けたのは、結果だ。平和国家であろうとし続けたかどうなのかは解らない。そして、今後のことは、更に非常に危うい。



日本が右傾化する先にあるもの C私の思う、マスコミ報道の気持ち悪さ



元記事(ライブドアで書いたもの)
http://blog.livedoor.jp/rcdog21/archives/28336092.html
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2005年07月13日

日本が右傾化する先にあるもの A煽られ続けるナショナリズム

 そして、今の日本では、いろんな政治家が日本の歴史認識は自虐的であると主張をしている。
 靖国神社参拝問題に絡み、いわゆるA級戦犯が合祀されていることに問題がある、と言われることに関し、森岡厚生労働政務官が東京裁判の正当性を疑問視する発言をする。その森岡発言に絡み、細田官房長官がそれを「発言は政府の見解とは違う」とコメントする。と、さらにまたその細田官房長官の発言に対し、平沼前経済産業相は森岡発言を擁護し、「官邸が過剰に反応したのは非常に遺憾だ」と批判する。
 安倍幹事長代理は首相が靖国参拝することに「国の指導者が国のために殉じた方に尊崇の念を表すのは当然の義務だ。」と主張する。
 右傾化している議員の発言が、次から次へと出てくる。麻生・中山成彬・町村各大臣など。
 
 竹島問題、教科書問題と立て続けで、中国の反日デモと合わせて、これらのことに関して思ったことを、このブログの『油は何処に注がれたのか』に書いたけれども、ともかく必然的に国民のナショナリズムは煽られ続け、いつまで土下座外交を続けろというのだ、日本は中国・韓国の言いなりになるべきではない、小泉首相は靖国を参拝すべきだ、…と、中国・韓国は敵対視する相手となってしまい、今までなかったようなナショナリズムが、例えばブログを覗いて見ていても表れているように思う。
 産経新聞を覗くと、その主張に顕著に現れている。

 2ちゃんねる内での現象は、右傾化思想が主流になっていて、それを見て更に感化されてしまう人間も出てくると思われるので、世の中に何かしら影響を与えていると思う。「電車男」という2ちゃんねるでの出来事が本になって出版されたものが大ベストセラーとなり、映画化され、ドラマ化されているのを見ても、2ちゃんねるが多くの人に支持され、影響を与えていることは明らかだ。




【本人コメント】
いわゆる自虐的歴史認識に関する話として、私は反戦老年委員会さんの『自虐史観』の話に共感しています。
森岡発言に関して、世に倦む日日さんの『森岡発言の政治 − 用意周到な情報工作と責任不問の既成事実』がとても興味深い内容です。



日本が右傾化する先にあるもの B憲法改正への動き



元記事(ライブドアで書いたもの)
http://blog.livedoor.jp/rcdog21/archives/27888440.html
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2005年07月09日

日本が右傾化する先にあるもの @インターネット内の右傾化の考察

 日本が右傾化する先にあるもの、ということで書こうと思うことがあって書き始めたのだけど、まずは私が感じているインターネット内の右傾化がどういうものであるかを先に書いてからにしようと思う。

 日本全体でどうなのかは私には解らないけれども、インターネットをやってネットサーフィンし、ブログを少しチェックし、尚且つ2ちゃんねるという掲示板も見ている私は、インターネット世論が右傾化しているということは、嫌でも察してしまう。
 私の2ちゃんねる歴も3年と半年ほど、何となく2ちゃんねるの全体像や、影響力や、2ちゃんねる内で何が流行っているのかどんな傾向があるのか、そういうものの大雑把なことは掴めてしまう。
(これは、私が2ちゃんねるをやっている時間が結構長いということでもある。恥ずかしながら。)

 ニュースを扱う場所で、恐らく一番人の出入りが激しいと思われるところを覗いて見ていると、政治的思想が完全に保守・右傾化している書き込みの圧倒的な多さ、それと癖のあり方に、以前は「これは確実に、作為的なものがある。」と感じるものがあって、そういう人たち相手に私は正論でガンガンぶつかって対抗したりしたこともあったのだけど、それはそれで反応もあったのだけど、毎日それをやり続けるというのも大変なことだし、それこそ焼け石に水状態になってしまうしで、最近は特に意識も持たずに、対抗することを止めてしまっていた。

 で、今書き込みを見ていて思うのは、作為的で癖がある、と思われる書き込みというよりも、その流れ・思想にすっかり感化してしまった一般の人たちの存在を感じるのだ。それも半端な数ではない訳である。
 それが、2ちゃんねるの中で主流となっている。

 思うに、こういう書き込みをしている一般の人たちは、これまで大した政治的思想も持ち合わせず、選挙にも恐らく殆ど行ったことはないような、そういう意識の人たちと思われる。(私の想像である。)
 つまり、インターネット上で、大勢の野次の中で野次を飛ばして楽しんでいる、そういう状態だと思うのだ。
 ところがこのことがインターネット内に留まらず、現実の世の中に何かしら影響を与える。インターネット世論が影響力を持つ。
 例えば中国・韓国に対する感情で、やれ小泉は他国の干渉に屈せず靖国参拝を継続すべきである、という意見が増殖されて、現実の世の中に何かしら影響してくる。
 そんな、変な影響力がある。選挙前なんか特にすごくなってくる。政治的な話の野次や擁護や、そんな書き込みがすごくなってくる。



日本が右傾化する先にあるもの A煽られ続けるナショナリズム



頂いたTB
反戦老年委員会さんの『右傾化考
 週刊誌、総合誌がなだれのように右傾化を競い、ネット右翼、プチ右翼が電子の世界に…

元記事(ライブドアで書いたもの)
http://blog.livedoor.jp/rcdog21/archives/27598045.html
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2005年05月01日

気持ち悪い世の中

 昨日、夜遅くでしたか。

 国際サッカー連盟(FIFA)の規律委員会が、6月8日に平壌で予定されていた06年ワールドカップ(W杯)アジア最終予選の北朝鮮対日本戦の開催権を北朝鮮からはく奪し、第三国で、しかも観客なしで試合をすることを決めた。

 という内容のニュースを聞いたのは。
 
 北朝鮮・イラン戦のことはこのブログの3月31日に触れて書いていたこともあって、よく覚えていました。

 それにしても、最近ブッシュ大統領が金正日総書記を、「危険な人間」「暴君」となどと呼んで北朝鮮を批難した等のニュースを数日前に聞いたばかり。

 おまけにサッカーワールドカップまでこんなことに。何のためのスポーツだろう、何だろうこの気持ち悪さは…

 そう思っていたところに。
 今日の午前に北朝鮮からミサイルが発射されたと米軍情報があったとのこと。
 そして今のところ、ごく一部のマスメディアがこのニュースを取り上げています。
 これは何のための報道なのか…?

 ブッシュが金総書記を批難したことも気持ち悪かったし、そして今回のワールドカップの話も気持ち悪かったし。

 中国の反日デモも、韓国との竹島問題もいやに気持ち悪いし。

 何ですか、こりゃあ?

 いい加減にして欲しいです。


 …それと、マスメディアの報道に真正面から反応しないよう、そういう心掛けが必要なのかもと、思っているところです。
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2005年04月23日

油は何処に注がれたのか

 島根県が竹島に関する条例を発表した後、韓国国内の反日感情は高ぶり、日の丸を焼いたり、いろいろと荒々しいことをする映像が日本のマスメディアでも取り上げられました。
 見ている日本人の一人としては、竹島という存在も初めて知ったし、韓国が荒々しいことをしても、それに対して怒りを感じる訳でもなく、困ったものだな、と国家間の溝を嘆いた位でした。

 そんなことがあってから日もまだ浅いというのに、今度は日本の教科書検定で、公民・歴史の教科書の一部で、竹島に関する内容を検定によって書き換えさせることになった等の報道がありました。「韓国によって不法占拠された。」と書き換えさせることになった、と。また、慰安婦問題の記述が無くなった等の、過去の戦争の記述に関することも報道されました。
 この報道を見て私の中で起こったものは、「これでまた韓国人は荒れ狂うのか。」という嘆きと、それと違和感でした。
 ただでさえ韓国が過激なことを起こしている状況だというのに、このわざわざ報道しているような不自然さは何だろう?これでは、燃えさかる火にわざわざと油を注いでいるようなものではないか。

 想像どおりに韓国はまた暴動を起こしていたようでしたが、思ったよりは伝わってくる情報は少なめだったような気がしました。火に油を注いだ割には、大きな暴動だとは報道で伝わってこなかった。

 その代わりに。タイミングを外して、中国で大暴動が起きました。何千人か何万人かのデモが起き、そして日本大使館が標的とされて、窓が割られ、壁がペンキなどで汚され、悲惨な有り様が報道されました。日本企業も攻撃されれば、日本料理店までが暴動を受けていました。
 見ていて、心が痛みました。ただただ心が痛みました。何故こんな仕打ちを受けないといけないのか。ましてや怒りの矛先が大使館で済めばまだ理解の範囲内と言えるものの、どうして日本料理店までが。やっていることがめちゃくちゃです。そこには倫理観の欠片もない。
 反中感情が起きることはなく、ただただ何故こんなことに、という納得の行かなさと、嘆きたい気持ちだけが沸くばかりでした。

 そして、ここでもまた違和感を感じたのです。この変なタイミングは、一体何だったのだろう?
 それまで、特別に中国で反日感情が盛り上がっているようには見受けられませんでした。ないこともなかったでしょうが、竹島の一件に関する韓国の情報は聞こえてきても、中国のことは大きなものは聞きませんでした。
 そして、教科書検定のことが火種だったにしては、変な間がありました。すぐではなかった。

 それゆえに違和感を感じたのです。何か変だ。
 インターネットで中国国内の反日組織が呼びかけたのだと言います。それでも反日組織の行動のタイミングが変だ。

 だから私は、作為的なものを感じたのです。作為的でなかったらこんなにタイミングに違和感を感じるはずはない。
 暴動の起きた理由に、自然発生したものと思えない不自然さを感じる。

 この感じる不自然さが気のせいでないならば。これらが作為的であるならば。
 暴動を引き起こそうとした輩の意図は何なのか。

 何にしても、これらの事象の行き着く先は一体何処なのでしょう。何に行き着くのでしょうか。

 そして今後、どんなことが起きる可能性があるというのでしょうか。
posted by 野良狸 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月31日

愛国心っておっかないなぁ

 サッカーの北朝鮮とイランの試合で、北朝鮮の観客が、なんかすごかったらしいんですけど。
 審判に不満な気持ちが起こるまではいいけれど、その感情がこう大きなものになるのは恐いね。
 愛国心教育を、なんて言ってる人は、日本人にこういう感情を求めてるのかな、と考えるのは、考えすぎでしょうか。

 愛国心という言葉自体が不気味なものをかもし出しているけれど、自分の住んでる国に愛情のない人なんて、いたとしてもごくわずかだと思うよ。

 今の国民感情が、政府にとって都合が悪いものがあるから、だから愛国心だことの言い出すんでしょう?

 アメリカにへこへこしっぱなしで、政治家の金の問題は一向に改善するようにも見受けられず、そのくせ国を愛せよ、とはどういうことだろう。

 「愛される政府作り」はいかがですか?政治家の皆様。
posted by 野良狸 at 00:00| Comment(7) | TrackBack(3) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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